東京地方裁判所 昭和43年(ワ)2902号 判決 1969年10月04日
原告 破産者 株式会社松木辰次郎商店破産管財人 落合長治
右訴訟代理人弁護士 大森清治
被告 株式会社東京銀行
右代表者代表取締役 原純夫
右訴訟代理人弁護士 久保田保
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 原告
被告は原告に対し金二百万円およびこれに対する昭和四一年三月二九日より支払済みに至るまで年五分の割合による金銭を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
仮執行宣言
二 被告
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第二請求原因
一1 被告と訴外松木栄次との間の東京地方裁判所昭和四〇年(ヨ)第五、四六一号不動産仮処分命令申請事件について、昭和四〇年七月一二日、次の条項どおりの裁判上の和解(以下本件和解という)が成立した。
2 和解条項
(一) 松木栄次は、左記建物につき何等の占有権限のないことを認める。
(二) 被告は昭和四〇年七月三一日限りおよび同年八月一六日限り各現金百万円を松木栄次に支払うこと。
(三) 松木栄次は、同年八月一六日前記金百万円を受領するのと引換えに左記建物より退去してこれを被告に明け渡すこと。
(四) 訴訟費用は各自弁のこと。
記
東京都台東区浅草馬道二丁目二四番地一所在
家屋番号同町二四番六
一 木造瓦葺二階建東側店舗兼居宅
床面積 一階 一八坪
二階 一八坪
同所同番地一所在
家屋番号同町二四番一〇
一 木造瓦葺平家建西側店舗
床面積 二〇坪四合七勺
二 原告は、昭和四〇年七月二〇日、本件和解条項(二)の債権金二百万円につき、東京地方裁判所昭和四〇年(ヨ)第五、八七八号債権仮差押命令申請を行い、同命令は被告に対し同年七月二一日午前一一時に、訴外松木栄次に対し同月三一日午後二時五〇分に各送達された。
三 原告は、昭和四一年三月一一日、原告と訴外松木栄次との間の東京地方裁判所昭和三九年(ワ)第一一、四三〇号損害賠償請求事件の執行力ある判決正本に基き、仮差押中の前記債権につき、浦和地方裁判所川越支部昭和四一年(ル)第二〇号債権差押命令および同庁同年(ヲ)第二一号転付命令申請を行い、同各命令は、被告に対し同年三月一二日に、右松木に対し、同月一七日に各送達された。
四 よって、原告は被告に対し、前記転付債権金二百万円およびこれに対する転付命令送達後の昭和四一年三月二九日より支払済みにいたるまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第三被告の答弁と主張
一 請求原因事実のすべてを認める。
二1 被告と訴外松木栄次との間に、昭和三三年六月二六日、被告と株式会社松木辰次郎との間の銀行取引契約により同会社が被告に対して負担する一切の債務につき松木栄次が連帯保証する旨の契約が成立した。そして、右連帯保証契約に基き、被告は昭和四〇年七月二七日当時松木栄次に対し、昭和三七年一一月二七日に弁済期が到来した金二百万円の連帯保証債権を有していた。
2 被告は、昭和四〇年七月二七日、松木栄次に対し右連帯保証債権と本件和解に基く松木栄次の被告に対する債権とを相殺する旨の意思表示をした。
三 本件転付命令は無効である。すなわち、前記和解により被告が訴外松木栄次に支払うべき金二百万円は、右松木が右建物を明渡すことを条件として支払うか、或いは明渡と同時に支払うものであるから、条件付債権か同時履行の抗弁付債権である。条件付債権は条件を成就して初めて券面額が確定するものであるから、条件が成就しない間は券面額のない債権同様転付命令は許されない。また、同時履行抗弁権付債権も転付命令が認められると同時履行の抗弁権を剥奪することになるから、これに対する転付命令も許されない。
第四原告の主張
一 被告の主張二1の事実は認め、二2の事実は不知、同三は争う。
二 仮りに被告主張の相殺の意思表示があったとしても、本件和解が成立した際、被告訴訟代理人訴外久保田保と、松木栄次訴訟代理人訴外三森淳との間において、右和解に基き被告が訴外松木栄次に支払うべき金二百万円は被告主張の連帯保証債権で相殺することなく現実に支払う旨の合意が成立したから、被告の相殺の意思表示は効力を生じない。
第五被告の主張
一 原告の主張二の事実は否認する。
二 仮りに原告主張の合意が成立したとしても、昭和四〇年七月二七日、被告と訴外松木栄次との間で右合意を消滅させる合意が成立した。
第六原告の主張
被告の主張二の事実は否認する。仮りに右合意が存在しても、それは請求原因二項記載の如く原告申請の仮差押命令が送達された後になされたものであるから、原告に対抗できない。
第七証拠≪省略≫
理由
一 請求原因事実は、当事者間に争いがない。
二 被告主張の訴外松木栄次に対する金二百万円の連帯保証債権の存在は当事者間に争いがなく、また、相殺の意思表示のあったことは、≪証拠省略≫によって認めることができる。≪証拠判断省略≫
三 ≪証拠省略≫によれば、本件和解により被告が訴外松木栄次に支払うべき金二百万円は、本件和解成立当時同訴外人の居住していた同和解条項記載の建物を同訴外人が被告に対して明渡すことを容易にするためのいわゆる移転料であり、そのため、本件和解成立のとき、同訴外人訴訟代理人訴外三森淳と被告訴訟代理人訴外久保田保との間で、被告は訴外松木栄次に対し右二百万円を相殺することなく現実に支払う旨の合意が成立したことを認めることができる。従って、原告の仮差押によって訴外松木栄次が現実に二百万円の支払いを受けることができない状態になったときでも被告は相殺しない趣旨の合意ではないから、この合意の存在は被告主張の相殺の効果を妨げるものではない(東京控訴院昭和九年一一月三〇日判決法律新聞第三八〇六号一三頁参照)。≪証拠判断省略≫
四 そして、被告の訴外松木栄次に対する前記連帯保証債権の取得時期およびその弁済期の到来が原告の前記仮差押前であることは当事者間に争いがないから、被告はその相殺の効果を原告に対抗できる。従って本件転付命令が発せられる前にその被転付債権は消滅したと認められる。
五 よって、その他の点を判断するまでもなく原告の本訴請求を棄却するべきであり、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 菅野孝久)